郡上八幡 

2017年5月6日

郡上八幡は水と踊りの城下町として知られている。長良川の上流に位置し、
奥美濃の山々から流れ出た吉田川、小駄良川など三つの川が合流するところにある。

   
博覧館  歴史の町、郡上八幡 

博覧館は、大正9年に建てられた旧税務署を、当時の外観はそのままに利用した、
現代とレトロが融合したミュージアム。博覧館の名称は「博物館」と「博覧会」との合成語である。
郡上八幡の魅力を 水 歴史 技 郡上おどり のコーナーに分けて、分かり易く展示・紹介している。
郡上八幡は歴史の町でもあり、白山・高賀山(はくさん・こうがさん)の山岳信仰から数々の伝説や
独自の文化が生まれ、鎌倉・室町時代には、和歌に造詣の深い東氏(とうし)の一族が郡上を
治めたことにより、古今伝授などにみられる香り高い文化も開花したと言われている。

   
八幡城の城主 八幡城が見えた。 

戦国時代末期には、遠藤盛数が八幡城を築き、以来 遠藤 稲葉 井上 金森 青山 の各氏が城主としてこの地を治め、
城下町の発展に力を注いできた。 この間には宝暦の百姓一揆や幕末の凌霜隊など、日本史に残る出来事があった。

   
雛段   ガイドさん 青山氏の子孫という

   
 土偶 郡上踊りの実演 

郡上おどりは夏の間32日間を踊り続ける、400年以上の歴史を持つ踊り。
7月中旬から9月の初めまでの32(または33)夜踊る、日本一長い盆踊り。
踊りの会場はひと夏で市街地を一巡するので、城下の街並みの中のこともあるし、
辻の広場で踊る日もあり、また神社の境内が会場ということもある。
徹夜踊りは夜中の朝方四時五時まで踊るそうである。
ほかの日は夜8時から2時間から2時間半をおどり続けている。
郡上おどりは10曲あって。後のパネルに題名と踊り方の説明がある。
まず、「かわさき」から教えてもらい、「春駒」も踊っていただいた。
春に生まれた若い馬の踊りで、下駄の音もお囃子の一つになっているという説明である。

   
職人町の水路 であいばし かめ かえる  安養寺 

水路にはカエルとカメの石の置物と橋があった
安養寺は、1256(康元元)年に西信(親鸞聖人の直弟:佐々木高綱の3男)が西信が親鸞のもとで出家し、
近江の蒲生に開山したのが始まりと伝えられている。後に、六代の仲淳が近江から美濃の安八大樽に移る。
その後も転々とし、現在の旧八幡城三の丸の地に移ってきたのは明治に入ってからとのこと。
郡上八幡へは城主井上氏の入部とともに移転。浄土真宗の布教の展開により「郡上御坊」の呼び名で隆盛を誇る。
十世乗了は石山合戦に活躍し信玄・信長・義影から多数の手紙を受けたものが現存しているとのこと。

   
  蓮如上人御像 

   
長敬寺   

   
 郡上踊りのモニュメント  

本町から鍛冶屋町に入る交差点に郡上おどりの像がある。

   
 宗祇水に入る道 宗祇水に下る路地 

郡上八幡の街並みは、古い家並みと道の両側には水路がある。

   
 宗祇水  

宗祇水は環境省が選定した「日本名水百選」の第1号に指定されたことで有名になった
湧水だが、本来は、由緒正しき史跡
文明3年(1471)連歌の宗匠・飯尾宗祇が郡上の領主である東常縁から古今伝授を受けて
京へ戻るとき、当時の2大歌人であるふたりが、この泉のほとりで歌を詠み交わした。
「もみじ葉の 流るるたつた白雲の 花のみよし野思ひ忘るな 常縁」
「三年ごし 心をつくす思ひ川 春立つ沢に湧き出づるかな 宗祇」
惜しむ別れを清泉に託した2首の和歌が残されている。

   
小駄良川  朱色の清水橋 

宗祇水の先にある小駄良川に架かる朱色の清水橋である。家も川にせり出すように建てられている。

   
小駄良川  吉田川 

宗祇水から吉田川に流れる宮ケ瀬橋まで行き、渡る。郡上八幡旧記念館を通って、新橋を渡った。
吉田川は長良川最大の支流で市街地の中央を流れる。宮が瀬橋からは、
緑の山の頂きにそびえる郡上八幡城が眺められる。

   
 八幡城の天守閣が見えた。 サンプル工房 

途中、サンプル工房の店があったので、思わず入ってしまった。
食品サンプル創作館・さんぷる工房は、城下町独特の築150年になる町家を改造した観光施設。
キーホルダーやマグネットなど、かわいいわいいサンプルがずらりと揃える。

   
   

   
サンプル作り体験をしている。  

郡上八幡は、食品サンプルの全国シェア約60%を占める生産量日本一の街。サンプル工房では、
本物と見間違うほどの完成度を誇る食品サンプルができあがるまでの作業風景を見学できるようになっている。

   
   

   
  さんぷる工房入口 

   
   

   
郡上八幡旧庁舎記念館   

郡上八幡旧庁舎記念館は平成6年まで旧八幡町役場として使用されていたレトロな建物。
現在は観光案内所や休憩所となっている。

   
岩崎瀧三の生家   

食品サンプルの創業者は、岩崎瀧三。昭和7年にオムレツのサンプルを完成させたことに始まった。

   
鷲ヶ岳高原ホテルレインボー   ホテル前の展望

この日の宿泊先は鷲ヶ岳高原ホテルレインボーである。

   
ホテルからの展望  ホテルでの夕食 

夕食は「お箸で食すフレンチ懐石の夕食に舌鼓」と銘打っていた。

   
 飛騨牛 部屋でワンカップ