甲府 
2025年7月9日
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| 鍛冶曲輪門 |
天守台に登る |
甲府で研修があったので、甲府駅周辺を歩いた。
朝早く目覚めたので、短時間、甲府城まで歩いた。
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| 東横イン甲府駅南口1ホテル |
鉄門 |
鉄門は天守曲輪と本丸を繋ぐ場所に建っている門。天守曲輪の南側に位置する。
少なくとも江戸時代初期にはすでに建っていたと考えられている。
もともと「南門」という名前だったが、1705(宝永2)年に柳沢吉保によって「鉄門」と改められた。
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| 東横イン南口2(宿泊場所) 西側 県庁もみえる |
南側 |
宿泊したのは東横イン南口2である。東横インは甲府駅南口では2か所あり、
宿泊したのは駅に近い方であった。東横インの看板は大きいので、目立つ。
南側は富士山がみえるはずが、あいにく雲に覆われていて見えず。
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| 稲荷櫓 |
北側の風景 |
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| 天守台 |
鍛冶曲輪門 |
鉄門から石段を下り、遊亀橋方面へ下ると鍛冶曲輪
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| 甲府城 武田信虎像 |
藤村(ふじむら)記念館 |
甲府市藤村(ふじむら)記念館の建物は、明治8年に巨摩郡睦沢村(現在の甲斐市亀沢)に
睦沢学校校舎として建てられたもの。続日本100名城(要害山城)のスタンプを押した。
山梨県令の藤村紫朗の記念館。藤村氏が積極的に奨励した擬洋風建築である。
もとは学校の校舎として、1875年(明治8)に建てられたもので、
現在は、藤村紫朗の遺品や教育関係の資料を展示している。
一階は、藤村紫朗(ふじむら・しろう)の生涯や、甲府駅周辺が
昔どんな街だったのかということに関して、簡単にですが紹介されている。
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| 昔の学校の再現 |
甲府盆地の夜景の写真 |
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| 村山花子、太宰治 |
縄文土器 |
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| 甲州夢小路 入口 |
鐘楼 |
甲州夢小路は、山梨県甲府市にある観光型ショッピングエリアで、
明治・大正・昭和初期の甲府城下町を再現したレトロな街並みが特徴
甲州夢小路にある店でラーメンを食べる。
愛宕町にあった鐘楼を模して「甲州夢小路」の一角に再現。外壁は銅張で、高さは15mにも及ぶ
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| 山手御門 |
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山手御門も明治時代初期に城内の多くの建物とともに破却された。発掘調査や
城跡の整備事業を通じて、2007(平成19)年に復元された。復元の際は発掘調査の
成果だけでなく、柳沢吉保が作成した『楽只堂年録』の絵図も用いられている。
山手御門は山手門と山手渡櫓門の2つから構成されている門である。
門の外と内は堀の上に渡した木橋と土橋で結ばれており、人々が城を出入りする
際に活用されていました。山手門は高さ約6m・幅約5mで、用途は純粋な城門。
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| 県庁舎別館 エントランスホール |
大村智博士の功績 |
エントランスホールの床や壁には、大理石が使用されている。
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| 旧知事応接室 |
旧知事室 |
1963年に山梨県庁本館が完成するまで使われていた知事室。室内には
大理石を使った暖炉等が残されており、山梨県のシンボルマークと葡萄模様を
あしらった豪華な絨毯。当時の写真や保存されていたカーテンを
参考に、内装、照明器具、カーテン、調度品等を復元している。
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| 正庁 |
折り上げ天井 |
正庁とは、公式行事や公賓の接遇などを行う特別な部屋のこと。和洋が融合した
内部空間を形成。竣工時の写真から、当時の姿によみがえる。
伝統的な造形のプロセニアムレリーフが目を引く。
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| 楽屋曲輪南西部に位置する石垣の一部 |
石垣の図面 |
県防災新館の地下1階にある「甲府城石垣展示室」を訪れた。
地元でガイドをしている人に会って、場所を教えていただいた。
横たわる胴木と石垣。この胴木は、地盤をしっかり支える土台である。
つまり、木は、軟弱な地盤で石垣が沈下しないように、石垣の下に敷かれた木材
胴木が一番下に敷かれて、根石から積み上げて合間には
詰石、内部には裏込石など入れることで強度を保っている。
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| 貨物列車 |
貨物列車 |
研修会場は甲府記念日ホテル。宿泊は料金が高めなので、東横インにしたが、
お風呂は入浴料1500円払えば、入れるということなので、研修が終わって、
懇親会まで時間があったので、入ってみた。
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| デザート |
赤ワイン |
甲府記念日ホテルで夜の懇親会があった。山梨はワインだと思い、ビール、白ワイン、赤ワインと飲む。