三春城 

2025年11月11日

   
   

研修が郡山であり、郡山から三春城に行く。三春駅のばんとうプラザで
電動自転車を借りる。3時間まで1000円である。

   
三春町歴史民俗博物館   


   
   三春の自由民権運動家

明治時代のはじめにあった自由民権運動で、三春町出身の河野広中(こうのひろなか)
に関する史料も展示されている。実は、彼の活動によって東北地方最大の
自由民権運動中心地となった三春。常設展示室とは別に、「自由民権記念館」も併設されていた。

   
 三春町の歴史と民俗  

   
 西方前遺跡土偶  

あごを少し前に突き出して、ツンとした顔立ちの愛らしい形をしているこの
西方前遺跡土偶は、今から2300年前の縄文時代晩期の終わり頃に
作られたと考えられている。足のように見える部分は実は両腕を表している。
胴体は上半身のみが現存し、下半身は失われています。頭部から腕にかけて
約20センチあり、同時期の土偶の中でも類を見ないほどの大きさなので、
もし全身が残っていたら、かなりの大きさであったことが想像される。

   
   

   
三春藩主秋田氏系図  本丸へ向かう 

「田村麿旧跡物語」によると、永正元年(1504)田村義顕(よしあき)によって
築かれたと伝えられる。田村氏以降は、伊達氏、蒲生氏、加藤氏、松下氏と
つづき、秋田氏が幕末まで三春藩主として君臨した。田村義顕の孫にあたる
3代・田村清顕は奥州の覇者・伊達政宗の正室の父にあたり、
天正14年(1586)清顕の死をきっかけに伊達家の勢力下におかれた。

   
舞鶴城址碑 三階櫓跡 

本丸登り口の枡形に設置された城址案内板と「舞鶴城跡」の標柱があった。
三春城跡は、三春町の中心部、標高407mの丘陵地にあり、
戦国時代田村氏江戸時代松下氏加藤氏秋田氏の居城であった。
現在は公園として整備され、桜の名所としても知られている。城跡近くには、
町役場など公共機関が集まっており、現在も三春町の中枢部である地域である。
2の郭の西端には御三階櫓が存在していた。この場所からは城下がよく見えており
城を象徴する実質的な天守のような櫓である。

   
 大広間跡 台所跡 

三春城の本丸御殿は、広間、台所、御座の間という、巨大な3棟の茅葺きの建物を
廊下で結んだ構造だった。その当時の他城の本丸御殿は、総ての建物が
廊下を介せずに直接に建て連ねられるのが一般的であって、
三春城本丸御殿は室町時代の御殿のような古式な構造であった.

   
   

自転車で下りてくると、雨が降り出してきた。そのまま駅まで急いで戻ったので、早く到着。

   
ばんとう三角揚げうどん   

三春駅で、自転車を返して、ばんとうプラザで三角揚げうどんを食べる。
三角揚げはおいしかった。トイレで研修用のスーツに着替える。

   
  美味しい日本酒が並ぶ 

郡山駅に戻り、シャトルバスで研修会場まで行く。