岡山の古墳 

2025年11月26日


王墓山向山古墳群

   
「王墓の丘史跡公園 楯築地区」への入口   向山古墳 9号墳

古墳は3世紀から7世紀のヤマト政権時代に造られたお墓のこと。
王族や地方の権力者によって多種多彩な古墳が築かれていた時代を
「古墳時代」と呼び、古代の歴史を知る上で重要な位置付けとなっている。

   
  向山古墳群 14号墳 墳丘

楯築古墳

   
墳丘墓(ふんきゅうぼ)遺跡の発掘調査  墳墓横にある収蔵庫 

弥生時代後期、各地に大きな墳丘墓が築かれはじめた。この墓には、国(クニ)と呼ばれる
広い地域を統治する王が埋葬されたようである。墳丘墓は単に土を盛っただけでなく
外装も整えられ、その上ではなんらかの儀式を行った痕跡も残っていた。
その先駆けとなった墳丘墓が、吉備のクニの王が眠っているとされる楯築墳丘墓である。
墳墓上にあった楯築神社の御神体として祀られていた旋帯文石(せんたいもんせき)が
収蔵されている。

   
楯築遺跡内に保存されている弧帯文石(実物)   墳墓上には5つの巨石

   
 楯築遺跡(たてつきいせき)  

楯築遺跡は,倉敷市矢部に所在する弥生時代後期に造られた墳丘墓で,円丘部とその両側に長方形の突出部をもつ特異な形をしています。突出部の大部分は昭和40年代に行われた開発工事で破壊されましたが,消滅した突出部を含む全長は約80mと推定され,同時期の墳丘墓では全国でも最大級の大きさを誇ります。
 岡山大学が行った発掘調査により,中心主体となる埋葬は,木棺の外側を木の板で囲んだ木棺木槨構造であることがわかりました。木棺の底には,総重量32kgを越える大量の水銀朱が分厚く敷き詰められており,その上には鉄剣1口と勾玉や管玉,ガラス製小玉などの玉類が副葬されていました。また,中心主体の上部にあたる円丘部の中央付近には,おびただしい数の円礫が堆積しており,この中には特殊器台などの土器類や土製品をはじめとして炭や灰,また,旧楯築神社の御神体である旋帯文石(せんたいもんせき)と同様の文様をもつ小形の石など,数多くの遺物が含まれていました


   
 西山古墳群 3号墳 古墳 

   
   

造山古墳

 日本遺産「桃太郎伝説」の生まれたまち、おかやま 〜古代吉備の遺産が誘う鬼退治の物語〜
造山古墳:古墳時代中期(5世紀前半頃)に築造された全長約350mの前方後円墳です。現在全国4位の規模で、築造当時は国内最大でした。自由に立ち入ることができ、墳丘(ふんきゅう)を歩いて見学できる古墳としては国内最大です。
 周囲には、家来などを埋葬したといわれる倍塚(ばいづか)が6基もあり、その一つである千足古墳(せんぞくこふん)では、熊本県から運ばれた石材が使われ、直弧文(ちょっこもん)と呼ばれる直線と曲線を組み合わせた文様を刻んだ石も発見されています。
 この地に大きな勢力を持つ有力者がいたことで、対立する大和朝廷が派遣した吉備津彦命(きびつひこのみこと)が、鬼神(きしん)(温羅とも呼ばれる)を退治する伝説が生まれたと考えられています。

   
前方部の上にある神社のそばに置かれた石のお棺  荒神社境内にある石造物 

古墳前方部には神社がある。この神社にはくりぬき式で造られた石棺が無造作に置いてある。
また前方部は地面が舗装してあり歩きやすくなっている。前方部から後円部にも登れる。

   
 石棺蓋 石棺蓋 
 石棺蓋(国指定史跡)              石棺蓋
 史跡造山古墳の前方部頂部には、刳り抜き式の長持形石棺の身が置かれている。阿蘇凝灰岩製で、千足古墳の石障とともに吉備と九州が緊密な関係にあったことを示している。
 この石棺は、造山古墳の北にあった車塚古墳から運ばれたという説と、造山古墳から出土したという説がある。
 やや離れた位置にある石棺の蓋は完形ではないものの、表面に直弧文の線刻があり、内側には赤色顔料が明確に残る。また、神社石垣には阿蘇凝灰岩製の石塊が認められる。石棺の身以外の部材が認められることから、造山古墳以外の場所から持ち運ばれてきたのではなく、付近で出土した可能性が高いと思われる。平成25年3月 岡山市教育委員会

   
   

ビジターセンターから高さ24メートルの古墳を登ることができたので、登ってみた。

   
   

   
   見晴らしの良い頂上の眺め

   
 馬小屋が見える 造山古墳 

岡山県最大、全国でも第4位の規模を誇る前方後円墳で、総社市にある同音の 
作山古墳と区別するため「ぞうざん」とも呼ばれている。自由に立ち入ることができる。
黄金色の銅像が。こちらは彫刻家・西平孝史氏作の「吉備の大王」。
横にさりげなく置かれた埴輪もある。

   
直弧紋入り石障復刻オブジェ  埴輪 

千足古墳から取り外された石障部分は、「岡山市埋蔵文化財センター」(岡山市中区綱浜)で修復・保管されている。

こうもり塚古墳

   
こうもり塚古墳  こうもり塚古墳入り口

   
   

こうもり塚古墳は後円部に全長19.4mの横穴式石室があるのが特徴である。
入ってみると、天井や壁面に大きな石が使われている。奥には石棺が置かれていた。
「こうもり塚古墳」という名前は、この横穴式石室にこうもりが住み着いたため名付けられたようである。

   
  こうもり塚80m