2018年6月8日
売店センター | 鬼押出し園 |
鬼押出しは、火口で鬼があばれ岩を押出した、という当時の人々が見た印象に、
この岩海の名は由来している。園内広場の標高は1,325m。群馬県と長野県の境にある標高2,568mの
浅間山の北側斜面に広がる溶岩流からできている。天明3年(1783年)8月5日、浅間山大噴火により
最大幅2km、長さ5.5km、広さ6.8平方kmにわたり流出した溶岩が冷えて固まってできた凝結地帯。
狛犬岩や親子岩など自然が造った芸術がある。中央には浅間山観音堂もある。
惣門より表参道を徒歩にて観音堂へ。途中には水盤舎、炎観音、鐘楼がある。
高山植物観察コース(770メートル)や 奥の院参道(1.2キロメートル)があり、
我々は、浅間山観音堂まで、表参道を歩き、観音堂から高山植物観察コースを歩いた。
鬼押出し溶岩 | 表参道、裏参道の入り口 |
松林天上の「浅間山鬼押出之碑」(左) 「厄除観世音」の碑。(右) |
惣門 |
惣門には、東叡山寛永寺別院 浅間山獄観音堂惣門と表記がある。
惣門の向かって右には「持国天」、左には「増長天」が安置されている。
五代将軍・綱吉公の霊廟が寛永寺に造営された折、その二天門の
左右に祀られた江戸大佛師・法橋香澄作の二天の尊像である。
昭和62年5月に、この惣門に安置されている。
惣門左隣には、東叡山寛永寺山内に保存されていたものを、寺標とするため
浅間山観音堂の10周年記念事業として昭和42年に建立した「厄除観世音」の碑。
さらに左は、松林天上の「浅間山鬼押出之碑」がみられる。
ヒカリゴケ |
浅間山が雲に覆われている。 |
浅間山観音堂 |
浅間山観音堂は、東叡山寛永寺別院「浅間山観音堂」で、鬼押出し園発祥の由来となった
浅間山の噴火で犠牲になった方の供養のために、昭和33年に建てられた。
見晴らし台からの展望 | 見晴らし台から浅間山観音堂 |
石割の松 |
“千トン岩”で、1950年の噴火で飛び出してきたそうだ。