酒田
2021年7月24日
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酒田駅 |
酒田駅前 |
日本海沿いに新潟〜酒田・秋田間を結ぶJR東日本の特急「いなほ」号に乗り、。
一筆書きは余目駅までなので、酒田駅におりて、余目駅から酒田駅までの往復切符を購入。
酒田駅の観光案内相談所でレンタサイクルを借りて、まずは山居倉庫に向かう。
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山居倉庫 |
山居倉庫 |
山居倉庫は、米の積出港として賑わった酒田の歴史を今に伝え、
NHK朝の連続テレビ小説「おしん」のロケーション舞台にもなった。
1893年(明治26)に酒田米穀取引所の付属倉庫として、旧庄内藩酒井家
により最上川と新井田川に挟まれた通称「山居島」に建てられた。
白壁、土蔵づくり9棟からなる倉庫の米の収容能力は10,800トン(18万俵)。
建設された14棟のうち12棟が残っており、現在も米穀倉庫として使用され、
一部は「庄内米歴史資料館」や観光物産館として活用されている。日本海からの
強風と、夏の暑い日差しから倉庫を守るために植えられたというケヤキ。
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二重屋根 |
かっての米の検査風景 |
倉庫内を一定の温度に保つためにに採用されたのが「二重屋根」
庄内米歴史資料館は、山居倉庫の倉庫1棟を改装し、1985(昭和60)年に
開館し、米に関する資料や農具などが展示されている。
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さまざまな農具 |
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農家の様子 |
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山居橋 |
山居倉庫 |
山居倉庫の前の新井田川に架かっており、酒田市街地方面と山居倉庫エリアをを結ぶ歩道橋
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二重屋根 |
さかた海戦市場 |
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食堂に行列 |
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海鮮市場で昼を食べようとしたが、すごい行列で並んでいた。
2階に食堂があるのだが、一回の出口まで並んでいたの、あきらめて
結局、酒田ラーメンを食べた。
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酒田ラーメン |
白亜の木造六角洋式灯台 |
六角洋式灯台は1813年、酒田港に出入りしていた船頭衆と
廻船問屋が航海安全を祈願して灯台を設置したそうである。
日本最古級の木造六角灯台である。
高さ12.8m、一辺の長さ約3m。元々は宮野浦に明治28年(1895年)に建てられ、
その後近代式の灯台が完成したため今の場所に移転したそうである。
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斎藤茂吉 |
展望台からの眺め |
斎藤茂吉
1882−1953年 71歳没 山形県上山市生まれ 医学と歌人として活動
山形の人々と山河を愛し、父と母を愛し続けた歌人
「ゆたかなる 最上川口 ふりさけて 光ヶ丘に たてるけふかも」
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展望台からの眺め |
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日和山公園概要 |
日和山という地名や山の名前は全国的に多く存在し、日和(ひより)を見る、即ち空を見て天候を予測するという意味合いを持っています。その為、港近くの小高い山で、船乗りが山頂に登り天候を見定めた山を日和山と称し、信仰の対象となっている場面も多く見られます。酒田の場合も古くから港町として発展してきた事で、天候とは切っても切れく、当然日和山も信仰の対象となり山頂には総鎮守の日枝神社を始め浅間神社、金毘羅神社、神明社、皇大神社など多くの神社を遷座しています。現在では宗教色は薄れ、日和山公園として市民の憩いの場として整備され日本最古の旧宮野浦灯台(六角灯台:山形県指定有形文化財)や旧白崎医院(酒田市指定文化財)が移築され、光丘文庫(酒田市指定文化財)や光丘神社など酒田を築いてきた本間家の遺構も垣間見る事が出来ます。その他にも酒田を訪れた文人墨客の作品の碑が点在する「文学の散歩道」や常夜灯、方角石、千石船の模型など見所が多く、日本海や酒田港の景色も望めます |
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芭蕉歌碑 |
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浄福寺 |
海晏寺(かいあんじ) |
浄福寺の唐門は酒田の大地主、本間家三代当主の本間光丘が菩提寺
(先祖代々のご位牌を納めるお寺)のために巨額の私財を投じて寄進した。
四脚門という形式で、耐震構造にも気を配ってある。
海晏寺は、曹洞宗の古刹。近年、大改築により新しくなった三重塔は、この寺のシンボル
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酒田駅 |
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新庄駅 |
山形新幹線 |
山形新幹線は、東京〜山形〜新庄を結ぶ。福島から山形までの奥羽本線を
新幹線車両が直通できるように改良し、1992年に開業。1999年には新庄まで延伸開業。
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山形新幹線 |
虹がかかる |
新庄から山形新幹線に乗り、山形駅まで向かう。