仙川 

2020年7月25日

   
 キューピーの会社と京王線 桐朋女子大学 

仙川の街が、最近、人気が出てきているということで、街歩きをしてみた。
京王線の仙川駅で下りて、最初に、本屋さんに入って、「見る 知る 歩く 仙川という地図を買った。

最初に実篤公園に向かった。

   
実篤公園   旧実篤邸

実篤公園は、ハケと呼ばれる国分寺崖線の斜面に広がる公園である。
公園内は崖線の地形がそのままむき出しになっている。
実篤邸は武蔵野段丘崖線の中腹に建てられており、
山側の北面に玄関、谷側の南面に居室を設けている。

   
 テラスから居室  居間

実篤は、水のあるところに住みたいという子供の頃からの願いどおり、昭和30(1955)年、
70歳の時に仙川の地へ居をかまえ、90歳で亡くなるまでの20年間を過ごした。
新型コロナウィルスの影響か、実篤邸の中には入れなかったが、テラス側から見ることはできた。

   
 仕事部屋  仕事部屋

   
ヒカリモ(光る藻)の出現する場所   

天気は雨が降っていたので、ヒカリモも見えず、残念。

   
館内のマンホール   武者小路実篤記念館

実篤、欧米へ行く ベルリン感染と美術行脚

武者小路実篤、生涯でただ一度の欧米旅行

武者小路実篤は昭和11年4月24日から12月12日まで、ヨーロッパとアメリカを
船で巡る足掛け8ヶ月間の大旅行に出かけました。展覧会では美術鑑賞や
ベルリンオリンピック観戦など、旅行中の貴重な経験を伝える「欧米旅行日記」の原本や、
当時の新聞記事、写真を展示し、実篤が感じた衝撃や感動をご紹介している。

ピカソやマチスら、巨匠たちとの交流
実篤にとってこの旅の目的は、長年憧れ続けていた西洋美術作品の本物をその目で
観て、巨匠たちと会うことでした。実篤は旅先で30以上の美術館を見学し、パリではマチス、
ルオー、ドラン、ピカソら巨匠たちと会いました。今回はこのときピカソから直接
贈られた作品「ミノトーロマシー」(現在は東京都現代美術館蔵)も展示しています。

文豪のオリンピック観戦記
この年に開催されたベルリンオリンピックの様子を日本に伝えるため、新聞各社による
報道合戦となりました。著名な作家であった実篤も、朝日新聞社から観戦記事を依頼され、
毎日スタジアムに通って記事を送りました。当時の連載記事をパネルにして一挙ご紹介し、
水泳の前畑秀子らが金メダルを獲得する瞬間を目にした実篤の興奮を競技の写真とともにご紹介します。

   
   島忠ホームズ

仙川は、区画整理で高級スーパーの「クイーンズ伊勢丹」がオープンし、世界的な
建築家である安藤忠雄氏が設計した建築物が立ち並ぶ通称「安藤ストリート」
も誕生して、一気にスタイリッシュな街へと生まれ変わってきているとのこと。
大型スーパーは、西友、丸正、クイーンズ伊勢丹、京王ストアがあり、家具などを
買いたい場合は、島忠ホームズという大きなホームセンターもあり、利便性がある。

   
   

仙川東部には、劇場や美術館が集積したエリアがあり、20年程前の道路計画と併せ
開発されたこのエリアは、建築家安藤忠雄の設計による調布市せんがわ劇場、
東京アートミュージアムなどが続く通りを安藤忠雄ストリートという。
コンクリート打ちっぱなしの建物が並ぶ

   
  ガラス越しに見えたデザイン 

   
調布せんがわ劇場  猿田彦珈琲 




この日の夜は、多摩川で、花火があがった。