2025年8月19日
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東北の城巡りで、東京駅で一筆書きの切符を買った。
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まずは東京駅から仙台まで新幹線に乗り、仙台で乗り換えて、多賀城に向かった。
JR「仙石線」で多賀城駅に下りた。そこから多賀城に行こうとして、観光案内所に聞く
多賀城の最寄の駅はここではなくて、東北線の「国府多賀城」であるといわれる。
歩くとなると結構あるといわれたので、バスを待つことにした。
調べ不足であった。出た後なので、30分ぐらい待つ。
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| 国府多賀城駅 |
多賀城は大和朝廷が蝦夷を制圧するため、軍事的拠点として築いた城柵。『日本後紀』に登場する。
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多賀城創建1300年に合わせて復元された「多賀城南門」
多賀城南門と南門に取り付く築地塀が復元。時期は国宝多賀城碑に修造と記された
第2期。建物の規模は、発掘調査の成果と奈良時代の現存する建物等を参考に建築。
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政庁南大路は、政庁と多賀城南門をつなぐ多賀城のメインストーリート。
発掘調査では道路側溝の他、階段や石垣、排水施設などが発見された。
南門から120m北の位置に、第1期の南門跡を表示している。
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| 「城前官衙(じょうまえかんが)」 | 正庁 |
政庁は政務や儀式が行われた重要な場所で
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| 多賀城正庁跡 |
多賀城は724年に創建され、陸奥国府(むつこくふ)と鎮守府(ちんじゅふ)が
置かれた古代国家による東北支配の要衝であった。
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奈良時代の古碑。碑面には多賀城碑の創建や修造について刻まれている。
歌枕「壺碑(つぼのいしぶみ)」とも呼ばれ、 松尾芭蕉が訪れ、碑と対面した
感激を 「おくのほそ道」に書き残している。令和6年8月国宝に指定される。
ボランティアガイドさんの説明だと南大門の修復に14億円もかけるのなら
こちらの国宝の保存にお金をかけるべきで、価値があるといわれる。
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碑文は、前半には京(=奈良の平城京)、蝦夷国(えみしのくに)(=東北地方北半)、
常陸国(ひたちのくに)(=茨城県)、下野国(しもつけのくに)(=栃木県)、
靺鞨国(まつかつのくに)(=中国東北部)から多賀城までの距離が記されている。
後半には多賀城が神亀元年(724)大野朝臣東人(おおののあそんあずまひと)により
設置されたこと、天平宝字(てんぴょうほうじ)6年(762)藤原恵美朝臣朝狩
(ふじわらのえみのあそんあさかり)により改修されたことが記されている。
最後に天平宝字6年12月1日と碑の建立年月日が刻まれている。
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