武田氏館
2019年7月21日
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甲府開府500年 |
武田信玄像 |
甲府駅からバスに乗り、武田氏館に行く。甲府駅から北側にまっすぐ2.2kmである。
駅前に、武田信玄の像があった。武田信玄公生誕の地甲府のシンボル的存在。
甲府市は、2019(平成31)年に、武田信虎公がつつじが崎に館を構えた1519(永正16)年の
開府から500年を、また、2021(平成33)年には、武田信玄公の生誕から500年という歴史的な節目を迎える。
甲府駅の南口にある山交百貨店の北側外壁に「こうふ開府500年」の壁面パネルを掲示している。
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武田神社入口 |
水堀 |
武田氏館は、武田氏三代(信虎、信玄、勝頼)の城で、甲斐源氏の流れを汲む
18代当主信虎が甲斐を統一して1519年(永正16)に居宅を石和から移し、
館(別名:躑躅ヶ崎館)を築いたことに始まる。また翌年には背後の山上に
籠城するための詰城、要害山城を築いている。四方を水掘りと土塁で固め、
周囲に曲輪を配置し、それを水掘りや空掘りでつなぎ防備を固めている。
方形をなす主郭は中曲輪と東曲輪で構成されているが、現在は、武田神社となっている
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武田神社の鳥居 |
神橋のたもとにある石垣 |
武田氏館は、三方を山に囲まれ、相川扇状地の開口部で、南に甲府盆地を
一望する。国を治める館と、館を防衛する山城。典型的な拠点づくりだ。
館を移転した信虎は、「甲斐の国の府中(政治の中心地)」という意味から、
この地を「甲府」と名付け、周辺を整備して城下町を築いた。
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拝殿 |
武田氏の家紋・武田菱 |
拝殿で参拝をする。
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宝物殿 |
武田信玄公像 |
宝物殿には、武田家ゆかりの鎧や太刀、古文書などが数多く展示されている。
宝物殿では重要文化財「吉岡一文字の太刀」や、信玄の軍扇など往時を
偲ばれる品々を展示。風林火山の軍旗「孫子の旗」も特別公開がされていた。
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甲陽武能殿 |
姫の井戸 |
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甲陽武能殿 |
武田氏館跡の後方 |
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西曲輪の門 |
西曲輪の虎口 |
西曲輪の方に進んでみると、土塁で四角く囲まれた場所に出た。ここには門があり、枡形虎口があったようである。
枡形虎口は、出入口の周囲を方形に土塁で囲み、中央のみを切って外部と通じる。
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富士山が顔を出す。 |
大手門跡 |
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花嫁、花婿 |
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武田菱燈篭 |
神橋と水堀 |
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風林火山の軍旗「孫子の旗」特別公開 |
「甲府市武田氏館跡歴史館」(:信玄ミュージアム) |
「信玄ミュージアム」は、開府500年を記念して、「武田神社」前に
2019年4月に開設された。ミュージアムには、無料の常設展示室と、
有料(一般300円、高校生以下無料)の特別展示室があ中に入って、観て回った。
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常設展示室 |
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無料の常設展示室は、周辺の扇状地の傾斜をイメージして室内を3段で構成。
パネルで武田氏3代や居館の歴史、戦国時代の甲府の様子を紹介している。
有料の特別展示室は、発掘調査の出土品を陳列。炭化した穀物、
家臣団が騎乗したとみられる馬の骨格のレプリカなどが展示されている。
ほか、昭和7年に建築され、同46年まで割烹(かっぽう)料亭や
旅館に使われた「旧堀田家住宅」も改修し、公開されていた。
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水堀 |
水堀 |
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花嫁の記念撮影 |
信玄ソフト |
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甲府城の石垣の構造 |
八日町信玄公像 |
北口を出てすぐに、甲府城の石垣の構造が 屋外展示してあった。
武田信玄の像は、甲府市の山八幡神社所蔵のものである。
解説によると、この信玄像は、かつて山八幡神社のお祭りの山車に
掲げられていたもので、少なくとも大正時代初頭には作られていたようである。
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「時の鐘」 |
水晶をモチーフ |
こうふ開府500年常設展示メモリアルギャラリーを、甲府駅北口ペデストリアンデッキ特設会場で開催していた。
甲府工業の生徒が作成した高さ3Mの「時の鐘」も展示してあった。
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京王八王子駅前 |
山車が出発 |
帰りも、特急「かいじ」に乗り、八王子に出る。京王八王子駅まで、山車が出るところだった。