土肥金山 

2017年6月9日


1泊2日の職員旅行。一日目は昼は御殿場高原ビールを飲みながらバイキングを食べて、土肥金山に行く。

   
バイキング入り口   

世界のビールということで、3種類飲んだが、最初に飲んだ御殿場コシヒカリラガーが美味しかった気がする。

   
  射的場 

射的場等の屋台風景があったり、パン工房の店などがあった。テレビ取材で森三中も撮影されていた。
次に道の駅、伊豆のへそで休憩をし、土肥金山に向かった。

   
 砂金採り体験  採れた砂金

土肥金山について、まず最初に砂金採り体験をした。
砂金採りは砂金採り専用のパンニング皿と呼ばれる器を使って砂をすくい揺すりながら砂金を探すのである。

   
 土肥金山史跡へ  


1390年代の時代 足利幕府直轄の金山奉行が土肥を支配し、盛んに金を掘ったのが土肥金山の始まり。
慶長6年〔1601年〕徳川家康が伊豆の金山開発に力を注ぐ、1606年幕府金山奉行 大久保石見守長安が
伊豆の金山奉行を兼ね、産金量を増大させた。昭和40年廃坑となり、一部坑道を整備して当時の
採掘の様子を見せる観光施設に生まれ変わっている。

   
 土肥金山の中へ  神社もある

   
山神社   水汲み

古来、大山祇尊は金山守護の神であり金穿たちは坑内の出入りには必ず礼拝して作業の安全と
黄金の幸を祈るのがしきたりで、この伝統は現代の坑夫にも引き継がれているとのこと。

   
山留   坑道の一番奥 切羽(きりは)

坑木を使って、落盤や落石を防ぐため坑道の普請をする作業を山留作業といい、これに従事する者を山留大工という。
坑内の採掘現場を切羽という。 江戸時代には、女性も坑内で働くことが多く、中には夫婦一緒に働き、男は金堀り、
女は運搬の仕事をしている。トンカチとノミだけで作業して、1日30cmしか掘り進めないそうだ。

   
 坑内風景  坑内風呂

土肥の温泉は金山から湧き出したのが始まりといわれており当時から坑内で湧出した温泉は坑内で働く
金堀たちにとって作業の疲れを癒しながら最も楽しい一時の憩いの場である。

   
 運搬  採掘切羽

運搬は、鉱石を入れる藁袋は一荷当たり5貫目(約19kg)を荷揚掘子はこれを背負い
狭い坑道を灯りをたよりに運び出した。

   
金子地蔵尊  金子地蔵尊  

地蔵菩薩の願いは、一切の衆生にどこにいても、救いの手を差し伸べる。
六道救済の信仰から、延命、厄除け、治癒を願って抗夫達がお祈りして信仰を厚くしていた

   
露出している金鉱脈   赤い箇所が金鉱脈

   
 作業風景 資料館の中に入る 番所

   
千石船  平等院阿弥陀如来像